クロツラヘラサギの特徴といえば、なんといってもユニークな嘴でしょう。
そして世界に6種いる「スプーン」のような嘴をもつサギの仲間のうち、最も絶滅に近い1種でもあります。
今回はそんなクロツラヘラサギの生態や特徴、分布を詳しく紹介していきます。
クロツラヘラサギ入門編
クロツラヘラサギ | Black-faced Spoonbill | Platalea minor | ペリカン目トキ科ヘラサギ属
レア度:☆☆☆☆★★★★★★(6/10:恵まれた限られた環境にしかいない)
見られる季節:冬
見られる場所:主に九州地方
見られる環境:湿地や沼地
餌:肉食(魚、虫、貝、カニやエビなどの甲殻類)
クロツラヘラサギは全長70cmほどの大きさで、体重は1kgを超える大型の鳥類です。
よく田畑で見かけるダイサギは全長が80–100cmですが、体重が約1kgであることを考えると、
クロツラヘラサギはダイサギよりも全長が少し小さいが、ずんぐりとして重そうな体をしていると考えるとイメージしやすいでしょう。
日本では越冬期に見られ、そのほとんどが九州地方で越冬します。
クロツラヘラサギの生態
分布域
クロツラヘラサギは朝鮮半島(おもに北朝鮮)で繁殖します。
繁殖域がそのように限定的である一方、越冬場所は日本、中国、ベトナム、台湾とひろい国と地域にまたがります。
日本での繁殖記録はなく、記録は渡りの時期や越冬期に限られます。
しかしほんの少数の個体が日本で越夏することもあり、なんと1996年には1つがいが巣を作ったこともあります。ただし、残念ながら繁殖には至りませんでした。
繁殖生態
2–3つがいでコロニーを形成して繁殖します。
大きいものでは半径が80cmを超える巣を作り、そのなかで4–6個の卵を育てます。
生まれた雛は約7週間巣のなかで守られ、巣立っていきます。
天敵はカモメの仲間で、卵をとられてしまうことがあります。
無事に生き残った個体はオスで5年、メスで3年すると性成熟し、繁殖に参加するようになります(飼育下でのデータ)。
野生下での長寿の記録は9.5年ですから、世代交代のすすむスピードが極めてゆっくりであることが伺えますね。
ユニークな採食
個人的にクロツラヘラサギの最も面白い生態は、その採食にあると思っています。
以下の動画をご覧ください。
クロツラヘラサギは水辺に入ると、嘴の「スプーン」を水のなかに入れて、頭を左右に振りながら餌を探すのです。
この首振り採食は群れで行われることも多く、ときに70羽を超える個体が同じ場所で採食することもあるようです。
70個体がみんな一斉に首を振っている様子を想像すると、不思議で笑ってしまいそうですね。
そのように濁った水のなかをかき混ぜて、スプーンのなかに入った魚や昆虫を食べてしまいます。
嘴の「スプーン」は効率良い採食にとても役立っていたのです。
絶滅の危機に瀕するクロツラヘラサギ
ギリギリで絶滅をまぬがれた
クロツラヘラサギの個体数は1988年には288羽まで減少しました。もうほんのあと少しで、絶滅という個体数まで数を減らしていたのです。
そこから2022年現在では、世界での総個体数は6,000個体を超えました。
その要因として、クロツラヘラサギに注目が集まったことにより、発見される個体数が増えた可能性があるようです(つまり、本当は個体数は増加していないかも?)。
とはいえ、個体数を増やしているコロニーも確認されており、なんらかの原因で個体数が回復をしはじめたと認識されています。
個体数が増えている一方で現在も絶滅の危機を脱したといえる状況ではありません。残念ながら個体数の回復に向けた世界的に協調した保全活動はなされていませんが、素晴らしいことはアジア全域でのモニタリング体制が整っていることです。
香港バードウオッチング協会が主催する形で「クロツラヘラサギ世界一斉センサス」という調査がとり行われており、
日本からは日本野鳥の会や日本クロツラヘラサギネットワークが関わって、全世界のクロツラヘラサギの個体数は毎年モニタリングされています(詳細はこちら)。
現在の脅威
現在最も大きな危機とされているのは、北朝鮮と韓国のいざこざです。
クロツラヘラサギの最も大きな繁殖地は、なんと韓国と北朝鮮のあいだに広がる非武装地域にあるのです。それゆえ、有事の際にはクロツラヘラサギの繁殖地は破壊される可能性があります。
加えて、日本や、韓国、中国をふくむ極東域沿岸では開発が進んでおり、クロツラヘラサギの採食場所がどんどんと縮小しています。
クロツラヘラサギは群れをつくって採食するため、個体数が増えれば、より大きな採食場所が必要となります。
そのような繁殖場所や餌場をまもるためには、国際的な連携が不可欠なのです。
クロツラヘラサギとヘラサギの見分け方
日本でヘラサギ属の鳥類は2種観察できます。それはクロツラヘラサギと、ヘラサギです。
ヘラサギとの見分け方としては、以下の2点が挙げられます。2点目はあくまで「傾向」ですので、情報の取り扱いについては注意してください。
・目の周りや前頭部(額)までが真っ黒であること(ヘラサギは目の周りや額は白色の羽に覆われる)
・嘴全体が黒っぽい傾向があること(ヘラサギは先端が肌色っぽくなる場合が多い)
鳴き声
「コヘェー」と鳴きます。日本でその鳴き声を聞く機会はほとんどないかもしれません。
鳥博士のメモ
アジア全域で連携したモニタリング体制が最も整った鳥とも言えるクロツラヘラサギ。
今後国際的な緊張の弱まりとともに、北朝鮮の繁殖域のモニタリングと保全が進むことをとても強く望んでいます。
なにより北朝鮮内の繁殖状況がよく分からなければ個体数増減の原因に踏み込むことも難しそうですし、なんとも複雑な問題だなぁと感じます。
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