憧れの渡り鳥の1種といえば、ムギマキではないでしょうか。
麦の種をまく時期(つまり秋)に日本にやってくることから「ムギマキ」という名前になったように、秋を代表する渡り鳥の1種です。
しかし「秋に見られる」こと以外には、あまりこの鳥について知らない人も多いのではないでしょうか?

この記事では博士号をもつトリハカセが、
秋の渡り鳥ムギマキのあまり知られていない生態を紹介します。
記事は結構長いので、興味のある項目を目次から選んでくださいね。
ムギマキ入門編
ムギマキ | Mugimaki Flycatcher | Ficedula mugimaki | スズメ目ヒタキ科ムギマキ属
レア度:★★★★★☆☆☆☆☆(5/10:渡りの時期に離島などで見られ、数が少ない)
見られる季節:秋
見られる場所:日本全国, 特に日本海側の離島
見られる環境:森林
餌:小型の節足動物や、植物の果実
ムギマキは全長約13cm、体重約10gとちょっと小型のヒタキ類です。
キビタキが全長約13cm、体重約11gですから、ムギマキはキビタキと比較してちょっとだけ細身です。
日本では繁殖せず、旅鳥に位置付けられる本種。
長野県の戸隠など、渡りの時期にムギマキが頻繁に見られる探鳥スポットは有名になりがちかもしれません。

遠方の探鳥スポットに行ってまで見たい鳥ですよね。
ムギマキの生態
極東分布だけど、日本は素通り
ムギマキの分布域は極東域に限られています。日本の和名「ムギマキ」が、英名の「Mugimaki Flycatcher」に反映されていることも頷けます。
繁殖地は、ロシア、モンゴル、中国北東部、北朝鮮などです。一方、越冬地は東南アジア全域に及びます。
eBirdのデータを見ると、日本全域で観察例があるようです。この記録は渡り時期のもので、日本やユーラシア大陸の東岸を伝って越冬地と繁殖地を季節的に行き来しているのです。

北朝鮮で繁殖していることを考えると、北海道や東北でも繁殖してもおかしくないのかもと期待してしまいますね。
なぜ春には見られないの?

渡り鳥のさまざまな種は、繁殖前の渡り(つまり春)と繁殖後の渡り(秋)とで渡りルートが異なります(Higuchi 2012, Ye et al. 2018)。
残念ながらムギマキの渡りルートは解明されていません。秋に多く感じるのは、春に日本を通過する個体が少ない一方で、秋には日本が主なルートである可能性があります。
とはいえ、春にもムギマキは日本を通過することがわかっています。でも、あんまりそんな印象はありませんね。
石沢(1960)は、日本で秋の方が春よりムギマキの個体が多く感じる理由として、① 秋には成鳥だけでなく幼鳥もいること ② 秋の方が春よりものんびり渡ること をあげています。

鳥は、繁殖期前(春)は、早く繁殖地に到着して縄張りを構築するために急いで渡ります。また、春と秋いずれの季節も太平洋側ではあまり見られません。
果実をエネルギー源に
ムギマキはヒタキ科であることからわかるように、昆虫を主な餌にしています。
夏季には、フライキャッチで飛んでいる昆虫を捉えるのです。
ただし、秋に日本を通過するときは、もう昆虫は少なくなっています。
効率的なエネルギー補給のため、ムギマキをはじめとする渡り鳥は秋に実る樹木の果実を利用します。
言い換えれば、ツルマサキやグミの果実がたくさんなっている場所では、ムギマキを観察できる確率も高まると予想されます。
繁殖地の生活

繁殖期には、4個から多くて8個もの卵を産み、育てます。
針葉樹の枝に巣をつくります。キビタキは樹洞で営巣しますが、それとは異なるのです。13日の抱卵を経て、雛が孵化します。
ちなみに、繁殖地では非常に高密度で生息するようで、日本のキビタキと同じような「普通種」なんだとか。1平方キロメートルあたり10羽を超える密度になる例も報告されています。信じられませんね。

ムギマキに囲まれて1日過ごしたらとても充実しそうです。
越冬地ではどんな鳥?!
東南アジアの越冬のコアエリアでは、実はとても多い鳥です。日本でいうところのジョウビタキのような感覚でしょうか(とはいえ、ムギマキはジョウビタキほど開けた環境ではなく、疎林などで生活する)。
日本は渡りの通過するエリアであり、まばらにみられる程度というのも理解できますが、それでもムギマキが高密度でみられるのは羨ましいですよね。
越冬地では、昆虫などの無脊椎動物に加えて、植物の果実なども食べながら生活しているようです。
生態系の一員
種子の運び屋
渡りの経由地である日本で、ムギマキは盛んに植物の果実や種子を食べます。
ムギマキは、多種多様な植物種の果実を採食し(大河原 2022)、その種子を数時間後に糞として排出する「種子の運び屋」なのです。
一方で、同属のキビタキは、それほど種子の運び屋としては機能していないようです。
その理由として、キビタキは昆虫がまだ活発に活動する夏の終わりには渡りを行う一方で、ムギマキは昆虫が少ない秋が深まった時期に渡りを行うことが考えられています(大河原 2022)。

ムギマキとキビタキとのあいだで、生態系に与える影響が異なるなんて面白いですね。
鳴き声
見つけるにはさえずりを覚えるのが一番!

秋に離島でバードウォッチングをしていると、実はかなりの確率でムギマキがさえずっています(サブソング、ぐぜり、といった方が適切です)。
サブソングの雰囲気を覚えておくだけで、ムギマキとの遭遇確率はグンと上がります。
ジョウビタキがぐぜっているのかな?メジロ?キビタキかな?まあいいか、としないことが発見の第一歩です。
保全と研究

野鳥について知識がついてくると、その魅力度がぐんぐんと高まっていくであろうムギマキですが、実はその生態については未だ十分な研究がなされていません。
国際自然保護連合(IUCN)の絶滅危惧ランクは低危険種(LC)とされており、近い未来の絶滅の危険性は低いとされていますが、個体数は減少していると推定されています。
その生態系における役割や、詳細な生態が明らかにされることで、今後その保全の意義が十分に認識されていくことでしょう。
参考文献
・羽田 (1975) 続野鳥の生活. 築地書館, 東京.
・清棲 (1978) 日本鳥類大図鑑. 講談社, 東京.
・中村・中村 (1995) 原色日本野鳥生態図鑑 陸鳥編. 保育社, 東京.
・真木・大西 (2000) 日本の野鳥590. 平凡社, 東京.
・大橋 (2003) 鳥の名前. 東京書籍. 東京.
・石沢 (1960) ムギマキの分布と渡りについて. 鳥 15: 283–286.
・湯浅 (1968) ムギマキの渡りについて. 鳥 18: 283–284.
・大河原ほか (2022) 北陸地方におけるムギマキ Ficedula mugimaki とキビタキ F. narcissina の渡り中の種子散布について. 日本鳥学会誌 54: 201–206.
・The Cornell Lab of Ornithology (2023) Birds of the world.
・IUCN (2023) The IUCN red list of threatened species.
・Higuchi (2012) Bird migration and the conservation of the global environment. Journal of Ornithology 153: 1–12.
・Ye et al. (2018) First description of Grey Heron Ardea cinerea migration recorded by GPS/GSM transmitter. Ornithological Science 17: 223–228.
・Gureev et al. (2019) Spatial Heterogeneity of Bird Communities in the Natural Landscapes of the Southern Taiga of the Ob–Yenisei Interfluve and the Chulym River Valley (Tomsk Region). IOP Conf. Series: Earth and Environmental Science 400: 012014.



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