夏の草原は、さまざまな鳥類の繁殖場所として機能します。
そのなかでも特に珍しい種の1つが、コジュリンでしょう。
探したとしてもなかなかその姿を見ることは叶わないかもしれません。それもそのはず、繁殖場所は非常に限定的です。
その一方で、コジュリンの生態は日本の鳥類研究者によって詳細に研究されてきた歴史もあります。
この記事では鳥の研究で博士号を取得したトリハカセが、
憧れのコジュリンの知られざる生態に迫ります。
興味のある項目を目次から選んでくださいね。
コジュリンの生態:入門編
コジュリン | Japanese reed bunting | Emberiza yessoensis | スズメ目ホオジロ科ホオジロ属
レア度:☆☆☆☆☆☆★★★★(4/10:場所・季節が適切でも、あまり個体数が多くない)
見られる季節:主に夏(少数が越冬する)
見られる場所:主に本州
見られる環境:湿地帯の草原
餌:夏は昆虫食、冬は主に穀物食
コジュリンは全長は15cmの日本では主に夏に見られる小型のホオジロ類です。
主な生息地はスゲなどが生い茂る湿地帯の草原であり、河川敷に広がるヨシ原にも生息します。
主な食べ物は繁殖期は昆虫、越冬期は穀物です。
年々その個体数は減少していると考えられており、絶滅の危険性が高まっていると考えられています。
コジュリンの特徴
オスは繁殖期に頭部が真っ黒な羽に覆われることが特徴です。
一方でメスは地味ですが、顔の上部と下部に2本の白色の頭側線が身立つことが特徴です。
また少数の個体が日本国内で越冬しており、冬にその姿を見る機会もあります。
冬羽ではオオジュリンやシベリアジュリンと酷似しますが、背中の暗色模様が目立つことや、上下嘴にピンク色の淡色部があること、嘴が細いことなどから識別が可能です。
コジュリンの生態
日本の限られた場所でのみ繁殖している
コジュリンはこの世界でも日本、朝鮮半島、中国東部の限られた場所のみで繁殖を行う鳥類です。
特に日本でも青森県、千葉県、茨城県に大きな繁殖地があります。
推定されている全個体数は6,000–15,000個体であるとされており(IUCN)、
IUCNは準絶滅危惧種、環境省はレッドリストでII類(絶滅の危険が増大)に分類されています。
このことからも、非常に貴重な種であることが伺えます。
最も人口の少ない鳥取県が57万人ですから、
その約50分の1しかいないことになります。
厳密な繁殖テリトリー
繁殖期は6–8月で、一夫一妻で繁殖するコジュリンは、その繁殖生態が詳細に明らかにされています。
卵数は3–5個であり、産卵時期にはオスがつがい相手を絶えず他のオスから遠ざける「メイトガード」を行います。
縄張りは3–5haほどで、その中にさえずり活動を集中的に行う2–3haのソングエリアがあることが知られています。
そのような安定した縄張りをもつのはつがい相手をもつオスのみで、独身のオスは繁殖期を通してさえずり、そのさえずり場所は隣の夫婦の縄張りのギリギリの場所だとか。
特に巣の雛が巣立つ時期には、そうした既に相手のいるメスと再婚できる可能性が高まることから、独身オスは周辺の繁殖の進み具合をよく観察し、
巣立ち雛が目に付く時期にはよりいっそうのさえずりを行います。なんとも下心が見えるようですが、子を残すためには大事なことなのです。
繁殖期の餌は昆虫類やクモ類といった無脊椎動物が大多数を占めます。
密集地では生態が異なる?
一般的にコジュリンは縄張りをもつと述べましたが、利根川河川敷などのコジュリンの密集地では生態が異なります。
具体的には、縄張りの大きさが10分の1ほどに小さくなり、
餌は主に縄張りの外に飛び出して探すようです。
このような生態に関する知見は、
血の滲むような観察から明らかにされています。
越冬期はどこにいる?
コジュリンは、日本の草原で少数が越冬します。
しかしそのほとんどは草原のなかにいるため、見つけるのは容易ではありません。
越冬期には5羽ほどの小さな群れを作りますが、個体ごとにお気に入りの餌場があり、1羽で餌を探すことも少なくないようです。
越冬期には越冬している昆虫のほか、植物の種子を主に食べて生活します。
減少と絶滅
草原の組成が変化すると…
コジュリンは、草原性鳥類のなかでも特に草原の変化に敏感な鳥類だと言われています。
例えば、休耕田や放棄地などにも生息するコジュリンですが、
ヨシが茂りすぎるといなくなってしまうようです。
霧ケ峰での絶滅
環境の変化に敏感なコジュリンが、ある地域で絶滅してしまった例を紹介します。
過去には、コジュリンは長野県の霧ケ峰で繁殖を行うグループが知られていました。
しかし1970年代後半に、その霧ケ峰の繁殖グループは絶滅。
霧ケ峰の八島湿原のちかくに道路が建設され、自動車が激増し、また道路によって生息地が分断化されたことが原因だとされています。
その際には、まずメスの数が減少し、そのあとに独身オスの数が増加、オスが減少し、グループが消失するような流れなのだそう。
草原の組成だけでなく、その生息地が極度に開発されたり、分断化されても影響が及ぶようです。
このような研究があるおかげで、
コジュリンが減少している理由が明らかになりつつあります。
江戸時代の認識
江戸時代には、近縁種であるオオジュリンと同一視されていたとか。
それゆえ、オオジュリンの「チュイーン」と聞こえる地鳴きが「ジュリン」という和名の語源であるようです。
しかし、知る限りではコジュリンはオオジュリンの「チュイーン」という声は出しません。
おそらく江戸時代以降、オオジュリンとコジュリンの識別が体サイズによってなされ、現在の名前と分類が確立されたようです。
江戸時代時点では(もしかすると平安時代くらいには)ホオジロなどの「しとど」と呼ばれる種とは名前から想像するに識別がなされていたことから、
昔の日本人にとってもバードウオッチングは楽しい趣味の1つだったのかもしれないですね。
江戸時代にはどれほどの個体数がいたのでしょうか?!
当時の利根川流域など、行ってみたいですね。
鳴き声
さえずりはホオジロに似ますが、より透き通って細い声で繊細に鳴きます。
地鳴きは1音で「チッ」と鳴き、アオジよりも鋭さがなく、カシラダカに似ます。しかし、カシラダカよりも金属音のような高音であると感じます。
またなんとなく小声である傾向にあるとも思っています。ぜひ可能性のある鳴き声が聞こえたら姿を探しましょう。
鳥博士のメモ
数が少なく見づらいので何もわかっていないかと思えば、非常にたくさんのことが解明されています。
しかし、コジュリンの貴重さはほとんどの場合バードウオッチングに勤しむ人間にしか理解されず、
彼らの貴重な繁殖地は開発に晒されてしまうことがほとんどです。
例えば、千葉県印旛沼のコジュリンの繁殖地は、メガソーラーになったとか(リンク)。
少しでもその存在が世に知れ渡り、適切な扱いを受ける日が来ればなと思います。
参考文献
・羽田 (1975) 野鳥の生活I. 築地書館, 東京.
・清棲 (1978) 日本鳥類大図鑑. 講談社, 東京.
・中村・中村 (1995) 原色日本野鳥生態図鑑 陸鳥編. 保育社, 東京.
・真木・大西 (2000) 日本の野鳥590. 平凡社, 東京.
・大橋 (2003) 鳥の名前. 東京書籍. 東京.
・中村 (1981) コジュリンの繁殖行動とテリトリー分散について. 山階鳥類研究所研究報告, 13: 79-119.
・中村 (1981) 霧ケ峰コジュリン個体群の年変動と消滅. 鳥, 30: 57-74.
・The Cornell Lab of Ornithology (2023) Birds of the world.
・IUCN (2023) The IUCN red list of threatened species
コメント