住宅地のなかで耳を澄ませば、人の話し声や車の音に加えて、スズメなどの鳥の鳴き声が聞こえるでしょう。
そのなかでも、一際美しい声でさえずりを響かせているのが、イソヒヨドリです。
名前に「磯」とつくにもかかわらず、内陸の住宅地でその姿が見られることを不思議に思うかもしれません。
驚くことに、日本では磯から内陸へと、イソヒヨドリの進出が引き起こされているのです。
しかしイソヒヨドリの生態を詳しく理解すると、その進出は決して不思議なことではないことがわかります。
今回はそんなイソヒヨドリの生態を詳しく紹介します。
この記事では美しいイソヒヨドリの世界に迫っていきます。
興味のある項目を目次から飛んでくださいね。
イソヒヨドリの生態と特徴:入門編
イソヒヨドリ | Blue rock thrush | Monticola solitarius | スズメ目ヒタキ科イソヒヨドリ属
レア度:☆☆☆☆☆☆☆☆★★(2/10:身近ですこし探すと見つかる)
見られる季節:1年中
見られる場所:日本全国の主に海岸沿いや都市
見られる環境:崖や建物などの切り立った場所を好む
餌:主に昆虫食
全長は25cmで、なんといっても青色の背中・頭と、オレンジ色のお腹が特徴です。
ヒヨドリという名前が付けられていますが、ツグミの仲間です。
青色とオレンジ色という派手な姿をしているのはオスのみ。名前の由来はメスにあります。
メスは全身が灰色で、暗色のウロコ模様で覆われており、ほとんどヒヨドリのような見た目をしているのです。
慣れてしまえば識別はなんてことはありませんが、ヒヨドリは頬がオレンジ色であり、翼に褐色味があることから見分けがつくでしょう。
特にバードウオッチング初学者にとって、いきなり目の前に現れるイソヒヨドリのメスの識別は難易度が高いかもしれません。しっかりとその姿を覚えておくとよいでしょう。
体長はヒヨドリよりも少し小さいだけですが、体重の面では、イソヒヨドリの体重は40–70グラムであるのに対し、ヒヨドリは60–90グラムの重さがあります。
その体重差を反映するように、イソヒヨドリはヒヨドリよりも一回りほど小さく見えます。
英名よりも和名の方が「絶妙」だなぁと感じます。
イソヒヨドリの生態
主に海岸近くが生息場所
日本国内の「普通種」であるイソヒヨドリは、海岸沿いを主な生息地にしています。
探すのであれば、間違いなく海岸沿いで鳴き声に耳を澄ますのがよいでしょう。すぐに見つかるはずです。
イソヒヨドリが海岸沿いを好む理由は、崖があるためです。
繁殖は崖で
主な繁殖場所は、岩の多い崖です。崖のくぼみや段差にカップ状の巣を作ります。
特に、イソヒヨドリにとって傾斜が急な崖や岩場が好適な繁殖場所であるようです。
そして人工的に作られた崖のような構造物にも巣を作ります。その代表例は建物です。
建物の壁は垂直にそそり立っており、建物のベランダやくぼみは、自然の崖のような形状に見えるのでしょう。
海岸沿いでは、岩場に生息する昆虫類や、植物の果実、ヤモリなどの爬虫類などを食べて生活していると考えられています。
卵は3–6個で、12–15日抱卵し、15–18日ほどの育雛期間を経て巣立ちます。また、卵も青色をしています。
海沿いを歩いていると、嘴に昆虫をたくさんくわえた
イソヒヨドリに出会うことがありますね。
日本では内陸に進出中
2000年代に入り、イソヒヨドリの国内の生息域は大きく拡大したと考えられています。
その理由は、海岸沿いから内陸にイソヒヨドリが進出しつつあるためです。
進出先は、主に内陸の都市です。
確かに都市部で見かけることも多いですよね!
兵庫県で行われた研究によれば、イソヒヨドリは構造ビルでさえずりを行い、遠くまで自身の声を響かせて縄張りを防衛できること、
ビルに隣接した庭園や草地で地表で生活する昆虫などを小動物を食べられるなど、
海岸で生活するように、イソヒヨドリは都市でも生活ができていることが示唆されています。
そして三重県に限らず、日本全国で内陸での侵入が引き起こされていると考えられています。
イソヒヨドリのように、突然都市部へ生物が侵入し定着した例はヨーロッパのクロウタドリなどで報告されていますが、こちらもその理由について議論が続いています。
1つの理由はビルの構造物が崖に似ていたからだと考えられますが、
そうであれば海岸の崖で繁殖する鳥類はなぜ都市に進出しなかったのでしょうか。本当に不思議ですね。
海外のイソヒヨドリの生態
イソヒヨドリの分布域は、東の端が日本ですが、中国、インド、カザフスタンなどを通り、ヨーロッパまで続いています。
そして4つの亜種が記載されていますが、日本に住む亜種は特に海岸沿いを好むことが知られています。
では、海外のイソヒヨドリはどこに生息しているのでしょうか?
どんな環境を好む?
海外のイソヒヨドリは、やはり海岸沿いで見られますが、海岸以外の他の環境も幅広く利用します。
例えば、高山域の崖などが1つの生息地です。
ヒマラヤ山脈の周辺では、イソヒヨドリは標高1,200–4,500mといった高標高域で繁殖を行うのです。
また、日本では最近になって進出したと紹介した都市部でも多くの個体が既に繁殖を行っています。
そしてイソヒヨドリと同じように、ヨーロッパで都市に進出した(そしておそらく、より古い年代に定着した)クロウタドリと繁殖場所をめぐって争うこともあるようです。
海外では、イソヒヨドリは決して「磯」のみに生息する鳥類ではないのです。
日本では、立山の高山帯で記録があります。
この記録も貴重なもので、国内の高山域では基本的に見られません。
注目すべき亜種
日本で普通に見られるイソヒヨドリは青色の背中にオレンジ色のお腹が特徴ですが、
ヨーロッパやヒマラヤ周辺に生息する亜種(亜種アオハライソヒヨドリ)は、全身が青色です。
加えて、日本のイソヒヨドリよりも少し小さいことも特徴です。
が、日本では離島(与那国島やトカラ列島)での観察例が多いような種であり、滅多に見られません。
ぜひ離島を訪れた際には、発見を期待したい鳥です。
和名の変化
日本人はこの鳥を「イソヒヨドリ」という名前で江戸時代中期から呼んでいるとか。
それ以前は「いそつぐみ」という名前で呼んでいたそうです。そちらの方が実際の分類に合っていますね。
また伊豆諸島などでは「いそこっこ」とも呼ばれています。「こっこ」とは伊豆諸島における方言でツグミを意味する言葉です。
伊豆諸島に生息するツグミであるアカコッコは、赤いツグミという意味なわけです。
鳴き声
さえずりはとても美しい声で、複雑な音を組み合わせます。
地鳴きは「ヒッ」と、済んだ声です。
探すならさえずりでしょう。が、地鳴きも都市部では似たような声でなく種は多くはない、覚えておくと探索が楽になるはずです。
鳥博士のメモ
イソヒヨドリの生態のなかで面白いのは、その冒険心です。
最近火山が噴火し、島が大きく変化した「西之島」では、他のほとんどの鳥類よりも早く島で見られるようになったとか。
専門的に言えば、イソヒヨドリは分散力が非常に高いのです。
その高い分散力は、ある島で食べた種子を、西之島のような植生が消えてしまった島に糞を通して運び、
植生を回復させるような手助けをすることがわかっています。
その一方で、外来種の植物の種子を広範囲に運んでしまう可能性もとりただされており、
現代の自然というものはつくづく難しいものだと考えられさせられます。
参考文献
・羽田 (1975) 続野鳥の生活. 築地書館, 東京.
・清棲 (1978) 日本鳥類大図鑑. 講談社, 東京.
・中村・中村 (1995) 原色日本野鳥生態図鑑 陸鳥編. 保育社, 東京.
・真木・大西 (2000) 日本の野鳥590. 平凡社, 東京.
・大橋 (2003) 鳥の名前. 東京書籍. 東京.
・栄村・川上 (2010) イソヒヨドリ Monticola solitarius による移入植物の島間種子散布の可能性. 小笠原研究年報, 34: 15-22.
・鳥居・江崎 (2014) イソヒヨドリのハビタットとその空間構造―内陸都市への進出―. 山階鳥類学雑誌, 46: 15-24.
・鳥居 (2019) 岩礁海岸におけるイソヒヨドリの採食生態. 日本鳥学会誌, 68: 367-373.
・The Cornell Lab of Ornithology (2023) Birds of the world.
・IUCN (2023) The IUCN red list of threatened species
・Kawakami et al. (2009) Re-established mutualism in a seed-dispersal system consisting of native and introduced birds and plants on the Bonin Islands, Japan. Ecological Research, 24: 741-748.
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