バードウォッチングを始めてすぐに出会う識別の壁、それはホオジロかもしれません。
私たちの身近で見られる代表的な鳥類ホオジロは、実はその生態も非常によく調べられています。
今回はそんなホオジロの生態や好む環境、スズメを含む他種との識別をかなり詳しく紹介していきます。
この記事では博士号をもつトリハカセが、
頻繁に見るホオジロの知られざる姿を紹介します。
興味のある項目を目次から選んでくださいね。
ホオジロ入門編
ホオジロ | Meadow bunting | Emberiza cioides | スズメ目ホオジロ科ホオジロ属
レア度:★☆☆☆☆☆☆☆☆☆(1/10:身近で見られる)
見られる季節:周年
見られる場所:種子島以北から北海道で繁殖する。北海道以南で通年見られる。
見られる環境:草原、農耕地など
餌:昆虫および植物の種子
ホオジロは全長17cm、体重17–26gと草原に生息する小鳥のなかでは大きめの種です。
本州、九州、四国の草原では特に個体数の多い種で、スズメと色合いや模様が似ていることから、一番最初に直面する識別の壁かもしれません。
草原で冬に見られるカシラダカは「チッ」と1音で鳴きますが、ホオジロは「チトトッ」といった具合に3音で鳴くことを覚えると、見つけるのは相当容易になるでしょう。
後半で紹介する鳴き声さえ覚えてしまえば、
案外簡単に発見できます。
ホオジロの生態
海外と日本の分布域
ホオジロは日本のほか、中国、モンゴル、カザフスタンと東アジアから中央アジアにかけた一帯に分布しています。
逆にいえば、日本ではこれほど一般的なホオジロは欧米のバードウォッチャーにとっては馴染みのない鳥なのです。
国内では、北海道の一部地域では繁殖期のみ見られますが、分布域のほとんどで通年みられる「普通種」です。
1970年代の最初の調査から最新の2010年代まで
日本鳥類繁殖分布調査では、日本国内で最も記録メッシュ数が多い鳥
トップ10にランクインし続けています。
厳しすぎる繁殖
ホオジロの繁殖は、失敗に次ぐ失敗、これに尽きるようです。
ホオジロの巣の位置は地面から1m以下の低い場所が多く(72%)、とにかく捕食される割合が高いのが特徴です。
繁殖の失敗を繰り返し、1シーズンに5回も繁殖した例も知られています。なぜもっと高い場所に作らない…?
なんども繁殖を繰り返しますが、2回子供を巣立たせるとそれ以上の繁殖をしなくなるのだとか。
巣が壊されたり卵が食われたりすると、ホオジロは元あった場所のすぐ近くに新しい巣を作るという謎な習性があり、捕食者は大喜びに違いありません。ただし、巣の場所はすこしずつ高い場所に移動させます。
本当に、なぜ…?!ホオジロの非効率な繁殖生態、謎すぎます。
子育ても苦労の連続
平均4個の卵を11日の抱卵と、11日の育雛期間を経て雛を育て上げます。
雛が天敵に食われた場合休みなく繁殖を繰り返しますが、8月中旬を過ぎると繁殖を諦めるようです。
また、天敵が巣に近づいた場合には、翼が折れているように見せかける「偽傷行動」をして、巣の安全を守ります。
天敵は、卵の主要な捕食者としてはネズミなどの齧歯類やヘビ、巣立ち雛や親鳥の捕食者はネコおよびヘビが挙げられます。特に宅地に隣接した草原でネコは脅威となっているようです。
オスのさえずりからモテ度がわかる?
これは有名な話かもしれませんが、ホオジロは独身と既婚のオスをさえずりから推定できます。
ホオジロのオスは繁殖期間中、かなりかっちりと決まった縄張りを持ち、それぞれのオスが決まったソングポストでさえずりますが
山岸(1970)によれば、独身のオスは7個体中6個体が「嘴を大きく開けて上をむいて大声で囀る」のです。
一方で、既婚のオス55個体中37個体は「無理のない姿勢で嘴を上を向けず、比較的小声で囀る」という違いがあります。
秋にもさえずる
ホオジロは繁殖後もさえずります。8月まで盛んにさえずりますが、9–10月にはほとんどさえずらなくなります。
しかし11月になると、かなり盛んにさえずるようになります。これは、9–10月の換羽時期は身を潜め、羽が生え揃った段階でさえずりをするようになると捉えられるようです。
この秋のさえずりは、秋に新しいカップルが誕生する可能性を示していますが、その役割については研究が続いています。
夫婦それぞれが工夫して、自身の飢えをしのいでいるんですね。
冬の生態
数十個体が群れになって生活しますが、個体どおしの社会的な結びつきは弱く、餌を食べるのに集まっているという表現が合っていそうです。
ねぐらをとる時も複数個体が近場で寝ますが、一緒にくっついて寝るわけではないようです。
また雪が降ったり、あまりに寒い日には、ワラなどに潜り混んで「シェルター」を作り、寒さを乗り越えることが知られています。懸命に冬を乗り越えているのです。
ホオジロの特徴:メスと幼鳥に要注意
スズメとの識別
スズメとの識別は覚えてしまえば一瞬です。たくさん個体を見て、覚えましょう!
・スズメは、喉が黒く、ほっぺに黒い斑点があります。
・ホオジロは、喉が白く、ほっぺに白い斑点があります。
スズメの方がむっちりした体型をしていて、動きも遅いです。
メスや幼鳥の特徴
メスは、頬の白色を囲む暗色部の黒味が弱く、ベージュ色をしています。が、基本的にはオスと模様のパタンは似ています。
問題は幼鳥です。夏から秋にかけて、頻繁に草原では巣立ったあとの幼鳥が観察できます。
その姿は、ニュウナイスズメの色を薄くした姿に見えることもあるかもしれません。
幼鳥は「頬白(ホオジロ)」とも言える頬(耳羽)の模様のパタンが、はっきりしません。
尾羽が長く、スズメ類よりも身軽に見えることや、顔の眉や嘴横の白色部の模様のパタンは、親鳥のそれと似ます。
成鳥と一緒にいる場面などを観察し、幼鳥独特の模様を覚えましょう。
鳴き声
ホオジロは「チョッピーチリーチ、チーチョク」といった具合にさえずります。
このフレーズは「源平つつじ 白つつじ(げんぺいつつじ しろつつじ)」と聞きなしされます。が、とても聞きなし通りには聞こえません。昔の日本人の想像力は、豊かだったのでしょう。
地鳴きはチトトッと3音で鳴く地鳴きが基本です。
が、ほかにも結構いろいろな鳴き方が報告されており、それぞれに意味があるようです。
山岸(1978)の記載を整理してみましょう!この観察報告は、すごすぎです。
・ズィー
幼鳥・若鳥のみが発する。餌をねだる声。
・ツィー ツィー(弱)
悲鳴。恐れを意味する可能性。
・ツ・ツ・ツ or チ・チ・チ(3音)
警戒
・ツツツ(連続)≒ チトトッ
別の場所に移動する時の声
・ツィッ
近くの仲間への呼びかけ。反応がないと、周りを探したりする様子がある。
ぜひ野外でホオジロの声と行動をじっくり観察してみましょう!
名前の由来・日本の文化
ホオジロの名前の由来は「頬が白い」から、という単純な理由ではない可能性があります。
頬をふくらませて目立つさえずりをする(著しくさえずる)ことから、ホホ(頬)イチジロシ(著し)という表現が、ホオジロという名前の語源であるとする説もあるのです。
奈良時代には、地鳴きから「しとど」と呼ばれています。
冬の寒い草原で聞くホオジロの地鳴きは、「チチッ」というよりも「しとど…」と表現した方がしっくりくると思いませんか?
鳥の名前というのは、奥が深い!!
日本の鳥類学への寄与
ホオジロの生態は「ホオジロ属研究グループ」によって詳細に研究され、鳥類学や生態学的に新たな知見が得られました。
ホオジロ属研究グループは上越教育大学の中村登流先生(1931-2007年)などの鳥類学者が所属し、日本の黎明期に鳥類学を大いに発展させた研究団体です。
なんといっても、ホオジロの生態は大阪市立大学・京都大学の山岸哲先生(1939-)が詳細に研究しました。
その研究成果はたくさんの論文として出版されており、おそろしいほどに徹底的な野外観察が研究のベースとなっています。
山岸先生は、1993–97年にかけて日本鳥学会の会長も務めました。
そんなホオジロの個体数をIUCNは「安定している」と評価しており、近い将来の絶滅の可能性は低いことが示されています。
参考文献
・羽田 (1975) 続野鳥の生活. 築地書館, 東京.
・清棲 (1978) 日本鳥類大図鑑. 講談社, 東京.
・中村・中村 (1995) 原色日本野鳥生態図鑑 陸鳥編. 保育社, 東京.
・真木・大西 (2000) 日本の野鳥590. 平凡社, 東京.
・大橋 (2003) 鳥の名前. 東京書籍. 東京.
・山岸 (1970) ホオジロの繁殖期の生活について. 山階鳥類研究所研究報告, 6: 103-130.
・山岸 (1978) ホオジロの社会構造と繁殖番い数の安定性. 山階鳥類研究所研究報告, 10: 199-299.
・明石・山岸 (1987) ホオジロ Emberiza cioides の囀りに関する研究. 日本鳥学会誌, 36: 19-45.
・手井 (2018) ホオジロの終日観察における囀り頻度の季節変化: 周年調査で見られた傾向. 日本鳥学会誌, 67: 117-126.
・The Cornell Lab of Ornithology (2023) Birds of the world.
・IUCN (2023) The IUCN red list of threatened species
コメント