沖縄県のなかでも特に大陸に近い八重山列島の生態系の頂点に君臨する鳥、それがカンムリワシです。
本州や四国も「島」ではありますが、さらに小さな西表島や石垣島といった「離島」がカンムリワシの生息地であり、日本で唯一観察できる場所です。
しかし、もっと視点を広げてみると、アジア全域では日本のそれと状況が異なってくるようです。
この記事では博士号をもつトリハカセが、
八重山列島の猛禽カンムリワシについて紹介します。
興味のある項目を目次から選んでくださいね。
カンムリワシ入門編
カンムリワシ | Crested serpent eagle | Spilornis cheela | タカ目タカ科カンムリワシ属
レア度:★★★★☆☆☆☆☆☆(4/10:場所・季節が適切でも、個体数があまり多くない)
見られる季節:周年
見られる場所:先島諸島(主に石垣島、西表島)
見られる環境:水田や森林の縁
餌:さまざまな動物質の餌
カンムリワシは全長約55cm、体重約700gという中型の猛禽類です。
八重山列島の石垣島や西表島に周年生息し、特に水田や林縁が大好きです(Ueta and Minton 1996)。
島内の畑道をレンタカーで走っていると、本州のノスリと同じか、少し低い程の頻度で遭遇できます。
しかし車との衝突事故が絶えず、市民団体(カンムリワシ・リサーチ)が懸命な保護活動を継続しているなど、観光に関連した問題は現在も未解決です。
法定速度をまもって運転しましょう。
カンムリワシの生態
離島以外にも生息する?!
カンムリワシは離島の猛禽類なイメージですが、決してそんなことはありません。
実は日本の分布域はカンムリワシの分布域の「端」であり、主な分布域はユーラシア大陸(東南アジア)なのです。
日本のカンムリワシは1つの亜種に位置付けられており(S. c. perplexus)、大陸のカンムリワシとは別種だとする考えもあります。
マレーシアでは、熱帯雨林のなかで静かに生きていました。
狭くて広い森での繁殖
日本のカンムリワシに話を戻しましょう。カンムリワシは、大陸に比べると非常に小さい島の大部分を覆う森林で繁殖します。
繁殖する環境は、リュウキュウマツなどが生い茂る谷地形で、早くも1月頃には繁殖行動がスタートします。
通常1個の卵を約1–1.5ヶ月抱卵し、そこから2ヶ月近い育雛期間です。合計3ヶ月間というのはなんとも大変そう…。
オスが餌運び、メスが抱卵などと、夫婦が協力して子育てを行います。
毎年1羽しか巣立たないと考えると、
交通事故が毎年複数件起こったら…。
グルメな採食生態
カンムリワシの餌メニューを見ると、私たち人間も(工夫次第では)美味しく食べられそうなものが多いです。
時田(2014)によれば、最も頻繁に食べれられていたのはベンケイガニだったとか。またシロハラクイナ、小鳥、イシガメ、セミ、ミミズなども食べられていたようです。
さらに佐野(2012)によれば、毒をもっているサキシマハブや、外来性で毒をもつオオヒキガエルも食べるとか。
基本的に狩りは待ち伏せで行います。木や電柱のてっぺんに止まる様子はかなり目立ちます、特に若い個体は白いので驚くほど目立ちます。
隣の島までひとっ飛び?沖縄本島で見られる?
西表島と石垣島で繁殖するカンムリワシですが、それ以外の島でカンムリワシが見られることはあるのでしょうか?
その答えは「少ないながらある」です。例えば竹富島では幼鳥の記録があります(菊地・佐野 2007)。
繁殖後に、生まれた島から周辺の島へ移動することがあるようです。
しかし、沖縄本島でのカンムリワシの記録は見当たりません。200km以上は距離がありますから、飛んでいくにはちょっと遠いのかもしれません。
与那国島や小浜島でも記録があるようです。
意外な場所で発見したら、ぜひ論文化しましょう!
見やすい天気や時間は?
こういう見出しを出しながら妄想を書くようなブログは多く見ますが…本ブログは科学的な知見をベースとして生態を紹介することが売りです。
でもこんな疑問に答える研究が… あるのです!
水谷ほか(2023)によれば、カンムリワシを見やすい時間帯は早朝または夕方、さらに風が弱い日がチャンスです!
餌である夜行性の動物が活動し得る時間帯かつ、風に邪魔されないような日に活動が高まるようですね。
他の生き物との関係
島で生きる動物は、周囲を海に囲まれ文字通り限られた陸地のなかで、限られた餌や土地を巡って争うことになります。
草食動物であれば餌問題が死活問題になることは少なそうですが、肉食動物、とくに頂点捕食者ともなると島の餌不足の問題は深刻です。
そして西表島には、カンムリワシとは異なるもう一種の頂点捕食者、イリオモテヤマネコがいるのです…。
vs. イリオモテヤマネコ
Tobe et al. (2024) では、カンムリワシとイリオモテヤマネコの餌を、糞中に残る餌の遺伝子を夏と冬それぞれ解析することで調べました。
その結果、カンムリワシは冬に、ヤマネコは夏にトカゲやカエルをよく食べるなど、両者は食べる餌を季節によって違えているらしいことがわかりました。
またイリオモテヤマネコは鳥をよく食べますが、カンムリワシはあまり食べないようです(感覚的にわかりますね)。
またカンムリワシはカニやエビなど、ヤマネコがほとんど食べない餌も食べるようです。
好む餌の違いが、両者の共存を可能にしている可能性がありますね。
とても面白い論文です。
鳴き声
鳴き声は「キーキー」と、これぞ猛禽類っぽい声で鳴きます。
それなりの距離からも聞こえますから、石垣島や西表島では注意して探鳥したいですね。
人間活動とカンムリワシ
近年、カンムリワシの繁殖地である石垣島の環境に危機が訪れています。
石垣島の名蔵アンパルと呼ばれる干潟の周辺地域が、リゾート開発(ゴルフリゾート)の危機に晒されています。
そんな危機に対し、カンムリワシを原告とした住民訴訟が話題(リンク)となっています。
ラムサール・ネットワーク日本(リンク)によれば、石垣市の行政局は市民には告知せず、裏ワザ的な手法を駆使して法規制を緩和させようと画策するなど、全面的なバックアップをしているとか。
島の生態系の中心的な役割を担う森林の開発は、カンムリワシの減少といった単純な話ではなく、島の生態系全体を文字通り壊しかねません。
自然環境保全の重要性が見直され、社会的に保全の要求が高まっている現在の潮流も理解していないのでしょうか。実際、島の自然は、観光を支える重要な要素です。
既得権益や利権に動かされない行政、そして生態学の概念を正しく組み込んだ意思決定が求められると個人的には強く願います。
クラウドファンディング(リンク)は800万円を超える支援金が集まったようです。今後のニュースに注目です。私たちも島の生態系保全のために、やるべきことをやりましょう。
参考文献
・羽田 (1995) 野鳥の生活I. 築地書館, 東京.
・清棲 (1978) 日本鳥類大図鑑. 講談社, 東京.
・中村 (1988) 森と鳥と. 信濃毎日新聞社, 長野.
・中村・中村 (1995) 原色日本野鳥生態図鑑 陸鳥編. 保育社, 東京.
・ピッキオ (1997) 鳥のおもしろ私生活. 主婦と生活社, 東京.
・真木・大西 (2000) 日本の野鳥590. 平凡社, 東京.
・大橋 (2003) 鳥の名前. 東京書籍. 東京.
・菊地・佐野 (2007) 竹富島におけるカンムリワシの観察記録. Bird Research, 3: S7-S10.
・佐野 (2012) カンムリワシ. Bird Research News 9: No.2.
・時田ほか (2014) 八重山諸島におけるカンムリワシの胃内容物. Bird Research 10: S13-S18.
・水谷ほか (2023) 道路沿いにおけるカンムリワシの出現個体数に時間や気象条件が与える影響. 日本鳥学会誌. 72: 77–83.
・The Cornell Lab of Ornithology (2024) Birds of the world.
・IUCN (2023) The IUCN red list of threatened species.
・Ueta and Minton (1996) Habitat preference of Crested Serpent Eagles in southern Japan. Journal of Raptor Research 30: 99–100.
・Tobe et al. (2024) Seasonal diet partition among top predators of a small island, Iriomote Island in the Ryukyu Archipelago, Japan. Scientific Reports, 14: 7727.
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