嘴が交差するそのユニークな姿を見てみたい!と思ってもなかなか見られないのがイスカの魅力?かもしれません。
神出鬼没な鳥とも言えるイスカの生態を詳しく知れば、効率よくイスカを探せること間違いないです。
さらにそのユニークすぎる生態を知ると、イスカがあなたの好きな鳥ランキングにランクインするかもしれません。それほどに魅力的なイスカを深掘りします。
この記事では、博士号をもつトリハカセが、
超ユニークなイスカの生態に迫ります!
興味のある項目を目次から選んでくださいね。
イスカ入門編
イスカ | Red Crossbill | Loxia curvirostra | スズメ目アトリ科イスカ属
レア度:☆☆☆☆☆★★★★★(5/10:稀に見られるが、数が少ない)
見られる季節:真冬が主だが、少数が国内で越夏する
見られる場所:冬は日本全国(北ほど多い)、夏は本州中部域や北海道、秋田県など
見られる環境:主に針葉樹林
餌:主に種子だが、昆虫も食べる
イスカは体長14–20cm、体重25–45グラムほどのずんぐりむっくりな小鳥です。
スズメの全長が15cm・体重が23gですから、スズメとおよそ同じ全長で体重が倍近くある個体もいるようです。
図鑑をみて一度は驚愕した経験をお持ちの方も多いでしょう。その上下の嘴は食い違うのです。
その食い違う嘴は、松ぼっくりの「カサ」から種子を取り出すことに特化した進化の結果です。
下嘴がカサを上に、上嘴がカサを下にと隙間を押し広げ、松ぼっくりのなかの種子を器用に取り出します。
食い違った嘴は一見すると使いづらそうですが、
実は彼らの効率的な食事には不可欠なのです。
発見したらじっくりとその様子を見てみてください。
イスカの生態
地域密着型の生活
イスカの分布域はひろく、高緯度の針葉樹林(タイガ)で繁殖し、日本などの中緯度域で越冬します。
eBirdのデータではロシア南部および東部でほとんど記録がありませんが、それは登録データの乏しさが理由で、実際には欧州から極東域まで広く分布します。
なお日本でも中部山岳域ではごく少数の個体が繁殖を行っていることがわかっています。
分布域内の針葉樹が自生するひろい範囲で観察され、標高4000mを超える高山域で繁殖する個体もいるようです。
トリハカセも北アルプスで繁殖期に観察したことがあります。
種子大好き!虫は…?
嘴がそれ用に進化するほどに、彼らは松ぼっくりで命を繋いでいます。とにかく針葉樹の種子が大好きです。
マツ、トウヒ、ツガの仲間など、幅広い針葉樹林の「ぼっくり」のなかにある種子を通年食べます。
「ぼっくり」を構成する「カサ」のあいだにある種子を器用に取り出す様子は職人そのもの(上の動画参照)。
成熟した、つまりひらいた「ぼっくり」ほどイスカの好みみたいです。
そんないい感じの「ぼっくり」を探して、イスカは森のなかを飛び回ります(Benkman and Parchman 2013)。
あまり知られていませんが、
実は一時的に種子を貯食することもあるのです。
らしさを捨てる繁殖期
イスカといえば「松ぼっくり」依存のイメージですが、初夏には昆虫類も結構食べます。
とはいえ松ぼっくり依存体質のまま繁殖は進み、針葉樹の実りに応じて繁殖期が大きく前後します。
3卵を約2週間放卵し、その後1ヶ月近く巣で育ちます。
面白い観察記録が山階鳥類研究所の創設者でもある山階芳麿の著書「日本の鳥類と其の生態」にあります。
それは「飼育下で繁殖させると、ヒナは育雛期が終わったあとも親と家族的な生活を続ける」ということです。なんと可愛らしい… イスカを今よりも暖かい目で見てしまいそうです!
「日本の鳥類と其の生態」は現在と異なる時代背景のなかで書かれたこともあり、鳥の飼育時の記録も散見されます。
複雑な社会生活
群れ生活のメリット
イスカを観察するときは、ほとんどの場合群れでしょう。10羽ほどの群れで鳴き交わしたり、飛び回ったりする姿を見つけることが多いのではないでしょうか?
そんなイスカの群れ生活は複雑で、多くの研究者の興味を惹いてきました。面白い発見がたくさん得られています。
直接的でわかりやすい発見として、イスカは単独でいるよりも、群れ生活の方が採食効率が高いのです。なぜでしょうか?
その秘密は、イスカのおしゃべりにあるのです!
おしゃべりなイスカ
観察していると、イスカは案外おしゃべりな鳥であることがわかるはずです。
例外的にイスカは食事中は黙っていますが、飛び立つときに突然騒がしくなります。
この飛び立ち前の騒ぎが、その木の採食場所としての価値を表していて、飛び立つべきかそれとも留まってエサを食べ続けるべきかの会議として機能している可能性があるようです(Smith et al. 2012)。
このおしゃべり会議があるおかげで、イスカたちはしょぼくれた樹木を早々に諦めることができ、高い採食効率を保てると考えられています。
人間やシジュウカラだけでなく、
イスカたちも複雑な会話を繰り広げていそうです!
見つけるなら、当たり年情報を探れ!
with ベニヒワ・レンジャク
さて、イスカは年によって北海道や本州での観察しやすさが大きく異なります。
その理由には日本国外、ユーラシア大陸の環境が密接に関わっており、日本に飛来する個体数の違いを生み出すからです。
そんな「当たり年」そして「外れ年」の情報をしっかり収集しておけば、観察機会も増えるかもしれません。
とはいえ、自力発見ほど嬉しいものはないでしょう!
詳しくは以下記事からどうぞ。
鳴き声
イスカのさえずりは実に可憐で美しいです。中部山岳域で聞くと「なんだこの声は?」となるので、
もし夏に山間部を訪れる際にはさえずりを覚えておいて損はないでしょう。が、他の場所で聞く機会はまずありません。
覚えるべきは地鳴きです。「ビィビィ」とか「コジュコジュ」とか「トジュトジュ」とかと聞こえる
濁った声でなきます。この声で群れは鳴き交わしながら移動しますので、遠くからこの声が聞こえてくるのを聞き逃さないのが重要です。
なおナキイスカが発するトランペットコール(Xeno-cantoへのリンク)をイスカは出しません。
ナキイスカ探しには必須の知識といえるでしょう。
温暖化の進行 = イスカの絶滅?!
ややレア気味な種ゆえの問題かもしれません。
以上のようにとんでもなく愛嬌のあるイスカですが、夏の熱波は彼らを絶滅に追いやる可能性があります(Santisteban et al. 2012; Mezquida et al. 2017)。
興味深い発見がアメリカのロッキー山脈で得られています(Benkman 2016)。
ロッキー山脈では、山火事になると松ぼっくりから種子を放出する特殊な生態をもつ針葉樹があり、イスカたちにとってその種子は重要な餌資源です。
しかし熱波が4日ほど続くと、それらの針葉樹はその暑さを山火事と勘違いし、種子を放出してしまうのです。
その結果イスカは餌不足に陥り、その個体数は大きく減少しているとか。
地球規模の環境変動の爪痕が、しっかりとイスカたちにも刻まれつつあります。
参考文献
・山階 (1933) 日本の鳥類と其の生態. 梓書房, 東京.
・清棲 (1978) 日本鳥類大図鑑. 講談社, 東京.
・中村・中村 (1995) 原色日本野鳥生態図鑑 陸鳥編. 保育社, 東京.
・真木・大西 (2000) 日本の野鳥590. 平凡社, 東京.
・ピッキオ (2002) 鳥のおもしろ私生活. 夫婦と生活社, 東京.
・大橋 (2003) 鳥の名前. 東京書籍. 東京.
・The Cornell Lab of Ornithology (2023) Birds of the world.
・IUCN (2023) The IUCN red list of threatened species.
・Benkman and Parchman (2013) When directional selection reduces geographic variation in traits mediating species interactions. Ecol. Evol. 3: 961-970.
・Smith et al. (1999) The use and misuse of public information by foraging Red Crossbills. Behav. Ecol. 10: 54-62.
・Santisteban et al. (2012) Survival and population size of a resident bird species are declining as temperature increases. J. Anim. Ecol. 81: 352-363.
・Benkman (2016) The natural history of the South Hills crossbill in relation to its impending extinction. Am. Nat. 188: 589-601.
・Mezquida et al. (2018) Higher spring temperatures increase food scarcity and limit the current and future distributions of crossbills. Divers. Distrib. 24: 473-484.
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